サクサク読める日本の歴史

日本史好きの人や昔苦手だった人におすすめです。

35 飛鳥(八色の姓・大津皇子・草壁皇子・鸕野・古事記・日本書紀・万葉集)

天武天皇は新たな法整備に取りかかりました。ちなみに壬申の乱で大伴皇子側についた有力豪族たちは皆追い払われてしまったそうです。一方、大海人皇子側についた者には褒美が振舞われたとのこと。

八色の姓(やくさのかばね)

皇族を頂点とする身分制度のことです。皇族に近いほど上の身分が与えられました。これは豪族の力を弱め政治への口出しを防止する目的があったのです。

天武天皇との間には大津皇子(おおつのおうじ)という子供がいました。また、天武天皇と妹(鸕野-うの)との間には草壁皇子(くさかべのおうじ)という子供がいました。https://www.pref.nara.jp/miryoku/ikasu-nara/ijin/jitou/

つまり、大津皇子(おおつのおうじ)と草壁皇子(くさかべのおうじ)は異母兄弟ということになります。大津皇子は才能に恵まれ人望も厚かったそうです。

▼また、この頃古事記が作られることになります。国や天皇の立派さを広めるためにも古代からのことを記録し、天皇家の正当性を示そうとしました。稗田阿礼(ひえだのあれい)が古い記録に残されたことを暗唱しのちにそれを太安万侶(おおのやすまろ)が記録しました。712年に完成しています。

▼また、日本書紀も書かれるようになります。日本書紀とは日本の歴史書のことです。担当には川島皇子(かわしまのおうじ)があたりました。新羅や唐の目もあるので日本の素晴らしさを伝える立派なものを書くような天武天皇に命じられたそうです。

天皇をたたえる和歌を柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)がよみのちに大伴家持(おおとものやかもち)のまとめた万葉集に収められました。

※  古事記日本書紀の違い

古事記の方が神話時代の物語が豊富で、「日本書紀」は少ないです。「古事記」は文学的な色彩が濃厚なのにたいし、日本書紀日本の正史として年代を追って書いています。 中国や朝鮮の歴史書の内容も参照されています。